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最高裁判所第三小法廷 昭和59年(オ)569号 判決

上告人 選定当事者 大田国男

被上告人 大田久朝

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告人の上告理由第一点について

遺産相続により相続人の共有となつた財産の分割について、共同相続人間に協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、家事審判法の定めるところに従い、家庭裁判所が審判によつてこれを定めるべきものであり、通常裁判所が判決手続で判定すべきものではないと解するのが相当である。したがつて、これと同趣旨の見解のもとに、上告人の本件共有物分割請求の訴えを不適法として却下すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はなく、所論引用の判例に抵触するものではない。論旨は、ひつきよう、独自の見解に基づいて原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原判決の結論に影響を及ぼさない説示部分を論難するものにすぎず、採用することができない。

よつて、民訴法401条、95条、89条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤正己 裁判官 安岡滿彦 長島敦 坂上壽夫)

上告人の上告理由

第一点判例違背

原判決理由二によると、遺産相続により相続人の共有となつた財産は、その遺産全部についても、またそのうちの特定財産についても、相続人全員による分割協議の成立または家庭裁判所の調停ないし審判手続による分割が行われたうえでなければ、民法258条による分割請求は許されないものでその反対説は採用できないと解されるが、その理由は原判決の理由第三説示のとおりであるからそれを引用する。と判示している。

右判示事項中、原審が言う反対説とは上告人が主張した後掲の最高裁判所判例を言わんとしたのか、それとも上告人の主張を指すのか、またはその他の説を指すのか必ずしも明らかではないが、原審は、右反対説の内容を明確にせず、単に、反対説と言うあいまいな表現を用いたことは、即ち、上告人が最高裁判所判例による相続財産の共有説を引用した主張に対し、原審は右引用説を没却し、右主張の争点を原判決事実欄に摘示せず判断遺脱したと言うことができる。

上告人は、一審、原審を通じて、相続財産共有(民法898条)は民法第2編第3章第3節所定の共有であると主張し、それ故に共同相続登記が経由された特定財産につき民法258条による分割請求ができるものと確信して本件訴を提起し、その訴の根拠となる次の二つの判例を挙げた。

1 東京地裁八王子支部昭和41年10月26日判決(判時485号52頁)

2 最高裁判所昭和30年5月31日小法廷判決

(昭和29年(オ)第163号共有物分割請求事件)

(民集9巻6号793頁)

即ち、右最高裁判所の判例要旨(以下、「判例」という)は、

一、相続財産の共有は、民法改正の前後を通じ、民法第249条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものでない。

二、遺産の分割に関しては、共有に関する民法256条以下の規定が第1次的に適用せられ、遺産の分割は現物分割を原則とし、分割によつて著しくその価格を損する虞があるときは、その競売を命じて価格分割を行うことになるのであつて、民法906条は、その場合にとるべき方針を明らかにしたものに外ならない。

と判示している。

もつとも、右判例事案は、改正民法施行前に遺産分割請求が裁判所に係属した事件であるが、その判旨に対し批判(別冊ジユリスト家族法判例百選(第3版206頁)中尾英俊)がある。しかしながら、右批判の結論は、不当ではあるが改正民法施行後の現行法の下での遺産分割についても民法258条が適用されるものと解されている。

そして、未だ右判例変更がなされていないから、判例要旨を前提とする限り、各個の相続財産につき民法258条による共有物分割の訴を提起することができ、これを本案として民訴上の仮処分をなしうると考えられるから、上告人の右見解と相反する判断なし、上告人の主張を排斥した原審判決は、前叙の判例法理解釈を誤つた違法があり、右法令違背は判決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。

第二点採証法則違背

原判決理由三(一)5判示事項中、

「本件物件につき、正及びサワヨの死亡に伴う相続により、本件当事者が法定相続分である各6分の1ずつの持分を承継取得した旨の各登記を経由した」と判示している。

原審の右判決にいうサワヨに関する相続とは、原判決理由三(一)4判示事項中「正の遺産に対するサワヨの相続分を含む」を指したものであろう。

なるほど、サワヨの父正が昭和50年6月12日死亡した当時の相続人は、サワヨを含めて7名であつたから、各相続人の相続分は7分の1であるところ、右相続登記手続を経由しないまま昭和51年10月11日サワヨが交通事故死したから、同人は正の遺産7分の1を有して死亡したことになり、サワヨの持分につき別に相続が開始したことになる。

ところで、本件物件である甲第1号証の1ないし3の登記簿上の共有者には、正の相続人であるサワヨの持分に関してその登記がなされていない。

右のように中間における相続が共同相続となる場合、通常の登記申請手続は、先ず、正死亡による相続を原因として、サワヨを含めて各持分7分の1の相続登記申請手続をなし、さらにサワヨの死亡を原因として同人の持分7分の1の相続登記申請手続の形式を踏むことが法務局における登記実務の取扱いである。

即ち、中間における相続が共同相続であるときは、数次にわたる相続登記申請手続を1件で申請することができないのである。

(昭和30年12月16日民事甲第2670号民事局長通達参照)

右の観点に立つと、本件物件につき、サワヨの持分につき登記がなされた形跡がないのであるから、観方をかえれば、同人が正の遺産につき特別受益者(民法903条2項)またはその他により相続すべき相続分がなかつたのではないかという推定も立つのであるから、右の点につき一応は検討に容れなければならぬところであろうが、しかし、この点の事情はさて置き、甲第1号証の1ないし3の証拠から看れば、正の主要遺産である本件物件に関する限りサワヨの持分はないと言うことができる。

してみれば、本件物件につき、サワヨの持分について相続することはその前提要件を欠くことになる。従つて、弁論内容から判断されるサワヨの遺産とみられるものは、事故死した同人の自動車損害賠償責任保険金(以下「自賠責任保険金」という)請求債権である。

そうすると、右請求債権につき、上告人と被上告人との間で賠償金の配分をめぐつて対立があつたかどうかが問題となる。

この点につき、上告人は被上告人に対し、自賠責保険金請求手続はサワヨの相続人全員でするから被上告人の印鑑証明書と実印を持参するよう直接話し、同人からその承諾を得、そして加害者に対する損害賠償請求の訴を弁護士に依頼することを内容証明郵便で通知したことは一審における上告人の本人尋問の結果と右通知書(甲第13号証1、2)で明らかである。

従つて、原審がいう、サワヨの交通事故死による賠償金の配分をめぐつて、被上告人と対立したこと、また、サワヨの事故死による損害賠償請求に際し、サワヨの遺産分割に応ずるような話しを言い出した事実は一切なく、右問題に関しては一切なく、右問題に関しては一審における被上告人の本人尋問の結果に照らしても原審の右認定にそう供述はなされていない。なおまた、右の点に関して一審における上告人の本人尋問の供述のとおり、事故死したサワヨの葬儀費用の不足金15万円を被上告人が上告人の自宅に取りに来た際、上告人はサワヨの自賠責保険金請求手続をすることにつき、被上告人の印鑑証明書等を持参するように話し、被上告人も心よくこれを承諾してくれたので、上告人は被上告人に金15万円を渡したのである。

ところが、被上告人は、貰うものは貰つておきながら約定の印鑑証明書等を持参しなかつたので、仕方なく被上告人を除いて自賠責保険金請求手続をなし金1、051万2984円を受領したのである、。

従つて、原審がいうような、賠償金の配分をめぐつて対立したこともまたその必要性がない。

即ち、自賠責保険金は事故死したサワヨの金銭債権であるから右債権は法律上分割が許されるから同人の相続人が相続分に応じて権利を相続し、右権利行使について単独でするか共同でするかはそれ各相続人の自由であるから、事故死したサワヨの自賠責保険金につき分割をまたなければ同金の請求ができない筋合のものでもないから、原審がいうところの賠償金の配分をめぐつて対立することなどおよそ考えられないことである。

以上の点を踏えて検討すれば、原審の判断は、サワヨの自賠責保険金請求手続に被上告人が参加しなかつたことなどをとらえて、右一事をもつて直ちにサワヨの遺産分割の協議に反対の意思を表わしたものと同視したことになる。けだし、本件裁判にあらわれた訴訟資料ないし証拠資料から原審認定にそう証拠は顕出されてないうえ、原審が採用した一審における被上告人本人尋問の結果と著しく齟齬することになる。

ところで、一審における被上告人の本人尋問の際、同人は、尋問者である上告人に対し大声でわめきちらし、上告人の呈示した証拠書類を手で払いのけ上告人の尋問に応じなかつた。

裁判所の公開の公判廷において右の如き言動が通るのであれば裁判の公正と裁判所の威信は失われるのであろう。

然るに、一審裁判所は、被上告人の右行為に対し何ら適切な措置をとらずこれを傍観して結審したうえ、何一つ反証のない被上告人の供述を全面的に採用しているので、上告人は原審において一審の証拠採用には事実誤認ないし経験則違反があることを主張して、原審において被上告人の本人尋問の申出をしたのであるが、原審は右申出に対し合理的理由を付することなく排斥したことは訴訟手続違背となる。

即ち、証拠調べは当事者の申出た証拠について行われるのが原則である。

右申出とは、裁判所に対し立証手続の証明に必要な特定の証拠方法の取調べとその結果を事実認定の資料として評価することを求める訴訟行為である。しかし、反面、証拠採否については民訴法第259条は「当事者ノ申出タル証拠ニシテ裁判所ニ於テ不必要ト認ムルモノハ之ヲ取調フルコトヲ要セス」と規定し、不必要という基準を一応は示しているが、具体的基準として直ちに機能するものとはいえないことから、裁判所の裁量に委ねることは否定できない。

しかしながら、証拠の申出は、形式的には申立の一種であるから(三ヶ月民事訴訟法420頁、岩松=兼子編法律実務講座民事訴訟編4巻160頁)裁判所はこれを無視することは許されず、採否のいずれかを決しなければならない。

然るに、原審はこれをせずして、一審における被上告人の本人尋問の結果を原審において引用採用したことは、上告人が申出た証拠調べをすることなく、恣意と予断をもつて排斥したということができ、換言すれば、「立証の途を杜絶して立証なきを責めるのは違法である」という公正の保障(大判明治31.6.14民録4輯64頁、滝川「証拠の採否」総合判例研究叢書民事訴訟法(5)15頁)に反することになり、原審の事実認定には採証法則ないし審理不尽の違法があり、右違法は判決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。

第三点理由不備

第一審判決理由第3中、(第一審判決書4枚目裏1行目ないし2行目)民法259条(共有に関する債権)とあるのは、同理由の趣旨から判断して同法258条(分割の方法)が適用されるべきであるにも拘らずこれを適用してなく、原審判決もこれを引用しているから右の点につき原判決には理由不備に準ずる違法があり、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすこと明らかである。

〔参照1〕二審(高松高 昭58(ネ)64号 昭59.2.29判決)

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一申立

(控訴人)

1 原判決を取消す。

2 別紙目録記載の土地建物はこれを競売に付し、その代金より競売手続費用を控除した金員を、控訴人を5、被控訴人を1とする割合に配当することを命ずる。

3 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

(被控訴人)

主文と同旨

第二主張

(控訴人の請求原因)

一 別紙物件目録記載の土地建物(以下、本件物件という。)は、亡大田正の所有であつたが、同人が昭和50年6月12日に死亡したことに伴なう相続により、控訴人大田国男(以下、国男という。)、別紙選定者目録記載の選定者ら及び被控訴人が各法定相続分(6分の1)ずつの持分で承継取得した共有物である。

二 本件(二)と(三)の土地建物は現在被控訴人が住居に使つており、(一)の土地は更地である。

三 控訴人国男及び選定者らは被控訴人に本件物件を分割するよう申入れたが、被控訴人はそれを受けつけようとしないため分割の協議ができない。

四 そこで、控訴人は民法258条1項により本件共有物の分割を求める。

その方法として、本件(二)(三)の土地建物を被控訴人が現に占有していることなどから、これを現物分割することは困難であり、(一)の土地を現物分割することはその価格を著しく損ずるおそれがあるので、各物件を競売処分し、その換価代金を各持分の割合で配当するのが相当である。

本件物件は民法898条に規定する相続財産であるところ、その相続人による共有は民法249条以下に規定する共有と法律上の性質が異らないし、遺産分割を禁止した遺言等はないから、控訴人は民法258条により本件物件の分割を請求する。

五 仮に、民法898条の相続による共有のままでは直ちに民法258条の分割請求が認められないとしても、亡正死亡後の昭和51年10月中頃、選定者らと控訴人国男の5名間で、亡正の主要な遺産である本件物件につき、被控訴人を含めた各持分6分の1ずつの相続による所有権移転登記手続を行うことの協議が口頭でまとまり、その後、控訴人国男が被控訴人に対し、右5名間で合意した所有権移転登記の趣旨を直接口頭で申入れたところ、被控訴人は何ら異議を申出ず、黙示的に承諾の意思を表示した。また仮に、右黙示の承諾が認められないとしても、本件物件を除く亡正の遺産については未だ被控訴人を含めた遺産分割協議はできていないが、本件物件については、正死亡後である昭和53年12月25日被控訴人を含めて持分各6分の1とする共有持分の移転登記を経由しており、右移転登記後、本訴提起までに既に3年有余を経過しているところ、その間被控訴人から何らの異議申出がなかつたから、本件物件については、その相続人である本件当事者間において黙示による遺産分割をなしたものといえるから、遅くとも右移転登記経由後は、本件物件は遺産としての性格を失い通常の共有物となつた。

(請求原因に対する被控訴人の認否と主張)

1 請求原因一は、本件物件が、もと本件当事者らの祖母ミヲ、父正、祖父多市の所有であり、同人らが死亡したことにより、本件当事者が相続人となつた限度で認めるが、その余は争う。

2 請求原因二は認める(但し、本件物件中、(一)の土地には、被控訴人が喫茶店を建築しようとして、基礎工事を昭和57年3月2日から行つていた。)。

3 同三のうち、控訴人国男から被控訴人へ分割の申入れがあつたことは認めるが、選定者からはそのような申入れはなかつた。

4 同四のうち、本件物件につき分割禁止の遺言やその他の禁止処分がないことは認めるが、その余は認めない。

5 同五のうち、本件物件につき控訴人指摘の所有権移転登記が経由されていることは認めるが、その余は認めない。

6 被控訴人は、本件物件を含む亡正の遺産につき法定相続分を遥かに超える割合で遺産分与を受けるべき者である。すなわち

(1) 本件物件は本件当事者らの父、祖父母らの遺産であるが、被控訴人は昭和34年自衛隊を退職し、伊予三島市に帰り、以後、父母と同居し、その身の回りの面倒を見て来た。父正は易者をしていたが昭和36年母が死亡して後は、被控訴人が一貫して父の生計を援助して来た。

控訴人国男及び選定当事者は、早くから家を出ており、そのうち4人は、父の葬儀にも出席しない程、父母との行き来はなかつた。

さらに、控訴人国男は昭和27年父正より独立の資金としてすでに財産分けをしてもらつており、相続分は存在しない。

(2) 本件物件が現在まで残存しているのは、被控訴人が努力し父母の援助を行つて来たからであつて、被控訴人の寄与は多大であるから、被控訴人は法定相続分の割合による遺産分割の協議申入を承諾したことはないし、またその程度の割合の遺産分与を受けることでは到底承服できない。

第三〈省略〉

理由

一 本件物件が亡正の死亡に伴なう相続により本件当事者の共有となつたこと及び遺言その他の処分による遺産分割禁止がないことは当事者間に争いがない。

二 当裁判所は、遺産相続により相続人の共有となつた財産は、その遺産全部についても、またそのうちの特定財産についても、相続人全員による分割協議の成立または家庭裁判所の調停ないし審判手続による分割が行われたうえでなければ、民法258条による分割請求は許されないものでその反対説は採用できないと解するが、その理由は原判決の理由第三説示のとおりであるからそれを引用する。但し原判決4枚目表7行目の「前記」を削除し、同枚目裏末行の「家事審判法7条、」の次に「9条乙類、9の2、10、」を捜入し、原判決5枚目表2行目冒頭から3行目の「考えあわせると」までを「以上の事由により、遺産分割請求の管轄は家庭裁判所に専属すると解するのが相当であるから、」と改める。

したがつて、未だ本件物件につき遺産分割が行われていないのであるから、その共有物の分割を請求する控訴人の本件訴えは不適法であり、控訴人は第三者でない相続人であるから家庭裁判所に対し速やかに遺産分割の審判を求めれば足りることである。

三 本件物件につき、相続人間で遺産分割協議が成立したか否かにつき検討する。

(一) 成立に争いがない甲1号証の1ないし3、甲2号証の2、3、甲3号証の1ないし4、甲4、6号証、7号証の1ないし4、甲8号証の1、2、甲9号証の1ないし3、甲10、11、12号証(11号証は原本の存在も争いがない。)、13号証の1、2、官署作成部分の成立につき当事者間に争いがなく、その余の部分につき弁論の全趣旨により成立が認められる甲2号証の1、弁論の全趣旨により各真正に成立したものと認められる甲5、14号証、当審証人大田順子の証言とそれにより控訴人国男が被控訴人の依頼にもとづき代作し妻順子に書かせた上申書の控えと認められる甲15号証、原審における控訴・被控訴各本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、次の事実が認められる。

1 本件物件のうち、(一)の土地はもと本件当事者の父(亡正)方の祖母大田ミヲの所有であり、(二)の土地は亡正が昭和23年に国から売渡を受けて取得したものであり、(三)の建物は父正の祖父大田多市の所有であつたが、多市が昭和17年4月17日に死亡し、その家督相続により父正がこれを承継取得した。その後の昭和27年7月5日、祖母ミヲの死亡に伴なう相続により、(一)の土地を父正が承継取得し、その後の昭和50年6月12日に正が死亡したことに伴なう相続により、本件物件はその子である選定者正隆(長男)、同正三(三男)、控訴人国男(四男)、選定者オミ(三女)、被控訴人(五男)、訴外サワヨ(四女)、選定者タカテル(五女)が承継取得した。正の死亡前に母ヨリコ(昭和36年4月死亡)及び同胞3人(長女弘子が昭和14年10月に、二男良道が昭和12月8月に、二女ミツコが大正14年6月に各死亡)は死亡していた。

亡正の遺産は本件物件のほかには畑1筆(171平方メートル、但しそのうち109平方メートルは墳墓用地)がある程度で、他に格別のものはなかつた。

2 正は生前易者をしていた。

選定者正隆(長男)は昭和23年11月ころまでに、同正三(三男)は同年8月ころまでに、控訴人国男(四男)は昭和28年2月ころまでに、それぞれ父母の許から別居して独立し、選定者オミ(三女)は昭和24年11月に、同タカテル(五女)は昭和37年8月にそれぞれ結婚して親許を離れた。その後、控訴人国男及び選定者が親許で同居したことはなかつた。

被控訴人(男兄弟の末子)は一時、親許を離れていたが、26歳の昭和34年に自衛隊を退職して帰郷以降、両親及び知能が遅れて独身を続けた姉サワヨ(四女)と本件建物で同居し、昭和44年12月に結婚後も妻と同家で生活し、自動車運転手等に従事し、母ヨリコ死亡後も父正と姉サワヨの世話をした。

正は昭和46年2月及び12月に、それぞれ郵便で控訴人国男(司法書士業)に病気で困窮しているので、相談にきてくれるよう申入れた。その顛末は明らかでないが、被控訴人以外の同胞が正やサワヨの生前に、その生活の援助を行つた事跡はない。

3 サワヨは昭和51年10月10日午後9時ころ道路上を歩行中に、訴外高鳥久雄運転の自動車にはねとばされて脳挫創等を負い、翌日死亡した。サワヨの右事故死による賠償金の配分をめぐつて、被控訴人とその余の法定相続人である控訴人国男及び選定者が対立し、控訴人国男から被控訴人に対し昭和52年3月8日到達の郵便で、前記加害者に損害賠償請求の訴えを提起するにつき共同原告となるよう申入れたが、被控訴人は応じなかつた。

4 控訴人国男は、サワヨの死後7日までの間に選定者ら全員との間に、亡父正の主要遺産である本件物件及びサワヨの遺産(前記交通事故による賠償債権)を法定相続分である各6分の1ずつに分割することの合意をとりつけ、その後、昭和52年3月8日ころまでの間に、被控訴人に対し口頭で、右合意成立を告げ、被控訴人の承諾を求めたが、被控訴人は正の遺産にも、またサワヨの遺産(正の遺産に対するサワヨの相続分も含む。)にも特別寄与分があることなどを挙げて、控訴人の右申入れを拒否し、遺産分割協議書の作成にも応ずる気配をみせなかつた。

5 そこで、控訴人国男は本件物件につき共有物の保存行為として、登記官署昭和53年12月25日受付で、正及びサワヨの死亡に伴なう相続により、本件当事者が法定相続分である各6分の1ずつの持分を承継取得した旨の所有権移転登記(別紙物件目録(一)(二)の土地につき)と所有権保存登記(同目録(三)の建物につき)を各経由した。

6 その後、被控訴人は控訴人国男から昭和56年末ころにも本件物件等の遺産分割協議に応ずるよう申入れを受けたが、これを拒絶し、翌57年3月初旬、本件物件のうち(一)の土地に喫茶店用の店舗を建築すべく基礎工事を始めたところ、控訴人からその建築工事差止請求の仮処分申請が行われ、同月5日付をもつてその旨の仮処分決定があり、被控訴人はその工事を中止した。

以上のとおり認められる。控訴人国男は原審における本人尋問で、サワヨ死亡から約1か月後の昭和51年11月10日ころ、被控訴人に対し本件物件を含む父正の遺産を本件当事者らが各法定相続分の6分の1ずつ取得することの合意が被控訴人を除く5名間にまとまつたことを告げ、その旨の登記手続を行うことを被控訴人に申入れたが、被控訴人から何らの異議がなかつたと供述し、当審証人大田順子もそれに副う供述をしているが、そのころサワヨの交通事故死による損害賠償請求に際しサワヨの遺産分割の協議に応ずるようにとの控訴人国男から被控訴人への申入れを被控訴人が拒絶したことに徴し、また原審における被控訴人尋問の結果と比較して、控訴人国男及び証人大田順子の右各供述は措信し難く、他に本件当事者間に本件物件につき遺産分割の合意が成立したことを肯認すべき証拠はない。

(二) 控訴人は本件物件につき前記(一)5のとおりの所有権移転登記が経由されてから控訴人が本件訴訟を提起するまでの3年余の間に、被控訴人から右登記につき異議申出がなかつたので、黙示による遺産分割協議が成立したというが、右登記手続は、本件物件の共有者の一人である控訴人国男が共有物の保存行為として単独で行つたもので、その手続に被控訴人は関与していないから、たとえ被控訴人が本訴提起前にこの登記を知りながら、それに異議を申出なかつたとしても、被控訴人において控訴人国男からの遺産分割の提議に対する拒否の態度を変更し、その分割申込に黙示的な同意承諾を行つたものと認めることはできない。

(三) したがつて、本件当事者間に本件物件を法定相続分の割合で分割する協議が成立していることを前提とする本件請求は理由がない。

四 よつて、控訴人の本件請求を不適法として却下した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないのでこれを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法95条本文、89条を適用して、主文のとおり判決する。

別紙目録〈省略〉

〔参照2〕一審(松山地西条支 昭57(ワ)15号 昭58.1.28判決)

主文

一 本件訴を却下する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一請求の趣旨

別紙一記載のとおり

第二被告の求める裁判

一 原告の請求を棄却する。

二 訴訟費用は原告の負担とする。

第三請求原因

別紙二記載のとおり

第四認否

別紙三記載のとおり

第五原告の請求原因の補助と法律上の主張

別紙四ないし六記載のとおり(本件不動産については昭和53年12月25日相続人ら間で各6分の1宛の持分で共有する旨の合意が成立しているし、又仮りに右合意が出来ていなくても遺産中、特定の物件のみを民法258条1項により分割し得ることは法の認めるところである。)

第六証拠〈省略〉

理由

第一 真正に成立したことにつき当事者間に争いのない甲1号証の1ないし3、同2号証の2、3、同7号証の1ないし4、同9号証の1ないし3と原告本人尋問(但し後記認定に反する部分を除く。)と被告本人尋問の結果とを綜合すると

一 訴外大田多市は昭和17年4月17日に死亡し同人の妻、訴外ミヲは同27年7月5日死亡し、同人ら間の子、正は昭和50年6月12日死亡し、同人の妻ヨリコは同36年4月28日死亡して、前記正とヨリコ間らの子である長男正隆、同三男正三、同四男国男、同三女本山オミ、同五女吉井タカテルと同被告五男大田久朝とが別紙目録不動産を共同相続したこと。

二 そして前記不動産中、宅地については何れも松山地方法務局伊予三島出張所昭和53年12月25日受付第4364号をもつて登記原因同50年6月12日相続、原、被告らの持分、各6分の1なる旨の所有権移転登記がなされ、又建物については同出張所同日受付第4365号、共有者原、被告ら持分各6分の1宛なる所有権保存登記がなされていること。

三 しかし前記不動産については被告が遺産分割に強く反対しているため原告において保存行為として原、被告ら全員が法定相続分6分の1宛で相続登記した旨の「相続登記」をなしたること。

又その後前記不動産につき原、被告ら間でこれを民法249条所定のいはゆる「通常の共有」とする旨の合意は被告の反対により成立するに至つていないこと。

以上の事実が認められ右認定に反する原告本人尋問の結果は前掲各証拠に照らし措信し得ず他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

第二 そうすると本件不動産はいまだ原、被告らの合有する相続財産の状態のままであることが認められるので同分割は民法第907条2項、家事審判法9条1項乙類10号により家庭裁判所の審判によるべきものと思料される。

第三 原告は右に関し遺産中、個々の財産の分割は民法258条1項により地方裁判所もなし得るので本件訴は適法である旨主張するが、

(一) 前記民法907条等の文言に照らし、又

(二) 遺産分割を原告主張の如く民法258条でなし得るとすると、同分割の結果につき民法909条本文の適用を認め得ないこととなるので相続財産の分割を被相続人からの伝来取得とみる法の立場に反する結果となること。

(三) 又遺産の一部分割審判も有効と解せられているところであるから別段民法259条によらねば一部分割が出来ず不便だとも考え得ないし、反つて民法259条により一部財産を自由に個々に分割し得るとすることは、相続人の1人の分割の訴提起により残余の遺産の分割を困難ならしめ(全体の財産をどのように分割するかの全体的配慮が出来なくなる。)かなりの弊害が予測せられること(家裁月報17巻11号125頁参照)。

(四) 又遺産分割は民法903条の特別受益あるいは同904条の2の寄与分の協議審判等を考慮して分割さるべきであるところ、公開対審構造の地方裁判所において調査官の調査等もなく合理的にこれを配分し得るものとは考えられないこと(家事審判法7条、非訟事件手続法11条、菊井、村松全訂民事訴訟法I、28頁)。

その他相続財産が矢張り合有的性格を有することをも考えあわせると原告の主張は到底とり得るところではない。

第四 よつて本件訴は地方裁判所の管轄に属しないものと解せられるのでこれを却下することとし(最判昭和38年11月15日民集17巻11号1、364頁、前記全訂民事訴訟法I、47頁)、訴訟費用の負担につき民事訴訟法89条を適用して主文のとおり判決する。

別紙一 請求の趣旨

一 別紙目録記載の土地建物はこれを競売に付し、その代金より競売手続費用を控除した金額を分割し、原告ら及び被告に各6分の1ずつ配当することを命ずる。

二 訴訟費用は、被告の負担とする。

との判決を求める。

別紙二 請求の原因

一 別紙目録記載の(一)ないし(三)の土地建物(以下、本件物件という)は、昭和50年6月12日相続を原因として原告ら及び被告が持分各6分の1をもつて取得した共有物である。

二 右共有物につき、遺言その他によつて分割の禁止がなされていない。

三 本件物件のうち(二)及び(三)の土地建物は、現在被告が占有しており、(一)の土地は更地である。

四 原告らは、被告に対し、本件物件を然るべく分割するよう請求したが、被告は、原告らの右請求を拒絶した。

五 本件物件は、前記のように不分割の禁止がない以上は共有者である原告らの請求によつて、何時でも分割できるものである。

ところが、本件物件の一部には被告が占有している事実状態からみて、右占有部分を含めて現物分割することは事実上困難でありまた、その余の土地を現物分割することは土地自体の価格を著しく損ずるおそれがある。

六 よつて、請求趣旨掲記の判決を求めたく本訴に及んだ次第である。

別紙三

一 請求原因に対する答弁

1 請求原因第1項記載の事実中

別紙目録記載の(一)ないし(三)の土地建物が、もと原被告らの祖母ミヲ、父正、祖父多市の所有であり、同人らが死亡したことにより、原告らおよび被告が相続人となつたことは認めるが、その余は争う。

2 同第二項中

分割の禁止がなされていないことは認めるが、その余は争う。

3 同第三項は認める(但し、目録(一)の土地には、被告が喫茶店を建築しようとして、基礎工事を本年3月2日から行つている)。

4 同第四項中

原告大田国男が、文書を送付して来たことはあるが、同人以外の者からは、そのような請求はない。

5 同第五項は争う。

二 被告の主張

1 本件物件は、いずれも、前記のとおり、原被告らの父、祖父母らの遺産である。

2 被告は、昭和34年自衛隊を退職し、伊予三島市に帰り、以後、父母と同居し、以後ずつと身の回りの面倒を見て来た。

父正は、易者をしていたが、被告は昭和36年母が死亡して後は、被告が一貫して生計を援助して来た。

3 原告ら兄弟は、早くから家を出ており、原告らのうち4人は、父の葬儀にも出席しない程、父母との行き来はなかつた。

4 本件物件が、現在まで残存しているのは、まさに、被告が努力し父母の援助を行つて来たからであつて、被告の寄与は多大である。

他方、原告国男は、昭和27年に父正より独立の資金としてすでに財産分けをしてもらつており、相続分は存在しない。

三 さらに、本件は、財産分与請求の事件であるのに、当事者間において、一度の調停もなされていない。

よつて、家庭裁判所の調停に付することを求める。

以上

別紙四

原告の本訴請求原因は相続財産共有(民法第898条)を基礎とし、右共有に関する民法第258条1項による共有物分割請求事件(この件の判例「東京地裁八王子支判昭和41年10月26日判時第485号52頁」参照)である。それ故、本件請求は、被相続人(大田正)の全遺産を対象とした遺産分割(民法第907条2項)としての性格を有するものではない。

なお、予備的主張として、本件物件を除く他の遺産については未だ被告を含めた遺産分割協議はできていないが、本件物件については、父正死亡後である昭和53年12月25日被告を含めて持分各6分の1とする共有持分の移転登記を経由しており、右移転登記後、既に3年有余を経過しているところ、その間被告から何らの異議申出がなかつたから本件物件については、原告被告間において黙示による遺産分割をなしたものであるから、本件物件については遅くとも右移転登記後は、遺産としての性格を失い通常の共有物となつたものである。

別紙五

第一共有物分割と遺産分割との関係について

一 被告は、本件物件は遺産であり、財産分与であるから家庭裁判所の調停に付すべきであると主張したが、原告の別紙四で主張したとおり、本件分割請求は遺産分割でなく共有物分割請求である。

二 遺産共有の性質は、合有説と共有説との問題があるが、最高裁判例は一貫して、遺産分割前の共同所有関係は民法改正の前後を通じて民法249条以下に規定する(共有)とその性質を異にするものでない。それ故に、遺産の共有及び分割に関しては、民法256条以下の規定が第一次的に適用せられ、遺産の分割は現物分割を原則とし、分割によつて著しくその価格を損ずるおそれがあるときはその競売を命じ、価格分割を行うものであつて、民法906条はその場合とるべき方針を明らかにしたものであると、判示している。

三 一般に、共有所有関係は、当事者の協議によつて解消しうるが(民法258条1項、907条1項)その協議が調わない場合は、共有物分割訴訟(民法258条1項)と遺産分割審判(民法907条2項)の手続規定がある。前者は、個々の特定物についての分割を目的とし、後者は、遺産全体を包括的な単一体として把握し分割を目的とするものである。即ち、遺産分割前の特定物につき、共同相続人は共有関係解消の協議ができない場合は、民法258条1項の手続を踏むことは必らずしも否定されるものでないと考えられる。

四 右のようにみると、結局、各相続人は遺産分割手続を通さなくとも、個々の相続財産についてはその持分権に基づき分割請求及びこれを個別的に処分することによつて相続利益を得ることができるのである。なお右問題に関する最高裁判例(昭和50年11月7日判時799号18頁参照)を類推すると、共同相続人間でも遺産全体を対象とした分割でなければ、その特定物につき共有関係の解消のためには民法258条1項の手続によることは否定されるべきでないと解されるのである。してみると、原告らが本件物件につき、その共有関係の解消をはかるため訴訟裁判所に訴を提起したことにつき問題はない。

第二本件物件に対する移転登記手続の経緯について

一 被告は、亡父正(以下、正という)の生存中から、正の全財産を独り占めしようと画策していたので、原告らのうち正隆、正三、国男らが被告の右行動を阻止しようと、正が居住していた目録(三)の家に訪れようとすると、被告は「兄貴ら3人来るなら来い、刺し殺してやる」と恐迫したので、右原告ら3名は伊予三島警察署に被告を刑事告訴した事実がある。被告主張によると、正の生活を援助したとか、又、本件物件が現存していることは被告の努力の結果であるというが、被告の右主張はまさに事実と正反対である。即ち、被告が自衛隊を退職して正の家に帰つてからは定職もなく、正が被告の生活の面倒をみていたことがある。被告は学歴もなく就職に困り果て、一時、原告らの世話になつたこともある。しかし、その後、大型自動車の免許を取得しダンプカー運転手として働いていたが、勤め先をしばしば替えていずれも永続きしないような生活状態であつたから、右被告の能力からみて正の面倒など少くともみていないのである。

二 正は、易者をしていたので収入も相当あり、正は数百万円を投じ先祖の墓石をつくり、その生活能力は相当の余裕さえ持つていたのである。ところが、正の死亡後、被告は正が居住していた目録(三)の家に、原告らに何らの相談もせず勝手に入りこんで、正の遺産である現金及び予金通帳その他の動産の一切を独り占めしているのである。なお、目録(三)の家には正死亡当時、原告国男の妹である大田サワヨが住んでいたが、同女は身体障害者で、正が扶養していたが、正死亡後は、被告は右サワヨを邪物扱いにして十分な面倒をみていなかつた。正は生存中、原告国男を一番信頼し大田家の問題に関してはすべて相談しており、右国男も正の期待に答えていたのである。およそ右のような事情であるから、正は被告から生活の援助を受ける必要がなかつた。原告らは、正死亡後目録(三)の家で独り取り残された妹サワヨの身を案じたが、前述の告訴事件以来、被告と意思の疎通がなく、又被告と同居していた事情もあつて容易に訪れることができなかつた。

三 正死亡後、1年余りを経過した昭和51年10月11日、妹サワヨは交通事故に遭い死亡した。その時、告訴事件以来原告らと被告の間は全く絶交状態で、正の遺産分割問題も未了であつたが右サワヨの事故死による自賠責保険請求手続の際、いちおう原告ら5名の者で正の遺産につき協議し、本件物件につき被告を含めて持分各6分の1とする協議が成立し、登記手続費用は右保険金を受領した時にすることにした。しかしながら、独り被告のみが右協議に加わらなかつたので、原告らは、被告から右協議について、如何にしてその同意を得ようかと苦慮していたところ、妹サワヨの死亡後約1ヵ月位い経過した頃、被告が、突然、原告国男宅に訪れ、葬儀の飲食代金が香典で不足し、支払に困つているから自賠責保険金が下るまで金15万円を立替えてくれと、要請してきたので、原告国男は、条件として、保険金請求手続には右サワヨの共同相続人である原告ら及び被告全員で手続をとるから、被告の印鑑証明書と実印を必らず持参するよう申し渡し、被告もこれを承諾したので原告国男は金15万円を被告に交付したのである。その際に、被告は特に上機嫌であり食事もし、種々の世間話し等をしたので、この機会を失つては二度と機会はないと判断して、被告に対し、本件物件につき被告を含めて持分6分の1とする趣旨を話したところ、被告はこれに対し返答をせず、黙していたが、その場の様子からみて別段異議を申し立てなかつたので、原告国男は、被告は右登記の件について黙示による承諾をしたものとみなしたのである。

四 その後、被告は、前述の約定の印鑑証明書をついに持参しなかつたので、やむを得ず原告ら5名の者で保険金請求をし同保険金受領後である昭和53年12月25日本件物件につき、相続を原因として、原告ら及び被告持分各6分の1とする共有持分登記を民法252条但書により原告国男がその登記手続をしたものである。それ故に、本件物件は原告らが勝手にしたものでなく、原告らと被告間において黙示による遺産分割の結果としてなされたものであるから、遅くとも右移転登記経由後は遺産の性質を失い通常の共有となつたのである。してみると、本件物件は民法249条ないし262条の適用があるから、その後の分割は遺産分割でなく、単なる共有物分割であり、遺産分割についての民法907条2項の手続による必用はないのである。

第三本件物件につき協議が調わなかつた点について

一 共有物分割について、共有者の協議が調わないときは、裁判所に請求することができるとされているが、右協議が調わないというのは、協議をしたが分割の方法について話しがまとまらなかつた場合だけでなく、共有者のある者が、協議すること自体に応じないような場合も含まれるものである。また、協議に応じないというのは、応ずる意思がないことが明らかであれば足り、必らずしも現実に協議したけれども不調に終つた場合を指すものではない(最判46、6、18、民集25、4、55参照)。右の観点からすると、甲第2号証の2及び同号の3で明らかなとおり、原告らの全員が、被告に対し協議の話しを出さなかつたとしても、単に、原告国男の申し出により十分であり協議をすることができなかつたということは右証拠で明らかある。

二 なお、本件分割請求については、当事者が共有であり、共有者全員が当事者となつていること、分割の禁止がなされていないこと、以上の要件が充たされているから本件訴えは適法である。

第四被告の信義則違反について

一 本件物件は、原告らと被告の共有下にあり、本件物件に対し変更を加える場合は、共有者の同意が必要であるところ、被告は更地である目録(一)の土地に対し、原告らが本訴提起直後である昭和57年3月2日頃、にわかに建築工事を始め出し、実力をもつて本件物件のうち一番価値のある右土地の乗取りを図つてきたので、原告らは右に対処し、御庁に対し仮処分申請をなし、右申請に対し御庁昭和57年(ヨ)第15号仮処分決定を得てかろうじて被告の右不法行為を阻止したのである。

二 なおまた、被告は、原告国男の誠意を尽した文書をにべなく突き返し、さらに、裁判所の送達文書さえこれを故意に避けている態度をみると、まさに被告は社会人にあるまじき所為をとつており、右被告の行為は権利濫用ないし信義則に反しており許される筋合のものでない。

別紙六

一 被告は、本件は家事審判法第9条1項乙類10号によつて審判事件であると主張する。なるほど、民法907条2項によると、遺産分割において、共同相続人間で協議が調わないとき、又は協議をすることができないときは、各共同相続人は、その分割を家庭裁判所に請求することができる旨を定めている。また、同法256条及び258条では、各共有者は何時でも共有物の分割を請求することができ、その協議が調わないときはこれを裁判所に請求することができる旨を定めている。

二 ところで、共有物分割と遺産分割との差異は、前者は個々の物又は権利を分割の対象とするのに対し、後者は包括財産としての遺産を総合的に分割するのであつて、両者間に本質的な相違があるものではないが、民法256条以下は、単に共有物であれば分割訴訟手続であり、包括遺産としての分割であれば同法907条2項による家事審判手続であると定めているものであつて、結局共有関係の解消をはかる手続規定として法は右二つの手続規定を定めている。

三 被告は、本件物件を遺産であると主張する。それ故に民法907条2項の手続規定を踏めと主張するのであろう。さすれば、仮に本件物件を遺産(相続財産の未分割の状態)としよう。然らば「遺産」というものの実体上の法律関係は一体何であろうか。この点について民法898条は、相続人数人ある場合は相続財産は「共有」であるといつている。しかしながら、右共有の解釈につき学説では合有説と共有説との対立がある。しかしこの問題はさて置き、最高裁判所判例(昭和30.5.31、民集9巻6号793頁、同50.11.7、民集29巻10号、1525頁、同53.7.13、判時908号41頁各参照)は一貫して、民法改正の前後を通じて、遺産分割前の共同所有は民法249条以下に規定する「共有」とその性質を異にするものでないと解すべきであり、それ故に、遺産の共有及び分割に関しては共有に関する民法256条以下の規定が第1次的に適用されるものであると判示している。しかも右判例事案は、改正民法施行前の旧法当時の相続財産につき共有物分割請求事件として本訴が提起されたものであるが、右事件につき、原審、上告審ともに遺産分割事件として取扱つている。なお、右事件は改正民法施行前に共有物分割請求事件として裁判所に訴えがなされているが、原審の段階で民法附則第4条同32条の趣旨により家事審判規則等によつて分割方法を採るべきであつたにも拘らず、それをしていないことをみると、原審、上告審とも右事件を遺産分割事件として審理しており結局、最高裁判所の判断は、未分割遺産の共有関係を通常の共有と解しており、改正民法施行後、即ち現行法の下での遺産分割について民法258条が適用されるものと理解されているものと考えられる。

四 このことは、相続財産が個々の財産でなく包括的な財産の上に共同相続人の共有関係が生ずるという合有的な性格を有するものであつても、相続財産はその持分の処分(譲渡又は抵当権設定等)が自由にできうることであり、また、可分債権の相続についてもその債権は法律上当然分割され、各相続人は単独で相続分に応じこれを請求することができるのである。(預金返還請求事件、名古屋高裁昭和52年(ネ)第284号判時898号63頁参照)しかし、反面、前叙の最高裁判断に対する判例批判ないしこれと異なる裁判上の判断(神戸地裁昭和37.7.25、判決、判時312号36頁参照、札幌高決昭和43.2.15、家月20巻8号、53頁)があるが、未分割の遺産共有の法律関係は民法物権編に規定する通常の共有であるとみる最高裁判断は定着しておりまた、裁判実務上では最高裁判断が優先するものと考えられる。

五 ところで、民法上、共有物分割について二つの手続方法を規定している。その一方は単なる共有物であり、他方は遺産を構成する共有物である。そこで、遺産共有の性質が最高裁判断が示すように民法物権編に規定する共有と理解されるから、右二つの手続規定は競合することになるが、法は右競合を調整する規定は置いていないのである。してみると、遺産につき、共同相続人間において分割協議が調わない場合は右二つの手続のうちいずれを選択するかは、それは分割の対象物件によつて左右されるべきものであつて、これをすべて一律に包括的遺産としてとらえることは遺産の処分が共同相続人において自由にできうる観点からして、これらは必らずしも同一手続によつて処理されることを必要とするものでも、また適当とするものでもないと考えられるのである。

六 そこで、本件物件についてみれば、登記簿上いちおう原告と被告との共有の外観が作出された登記が経由されているのである。右事実関係からみると、仮に、その登記原因の実体が共同相続による法定相続分であるにせよ、本件物件の分割請求は共有物分割請求(民法258条)として訴訟裁判所に提起することは前叙の最高裁判旨に照らして違法といえるものではない。もつとも、右のような手続を踏むと、遺産を構成する特定財産が逸失することになるが、しかし、その分割によつて利益を受ける者は他人ならず共同相続人であつてみれば、その分割の手続方法は異るが結局のところ結論においては同じことである。ただ問題となるのは、共同相続人が遺産全体の分割を拒むような場合は共有物分割訴訟を、そうでない場合は遺産分割として家事審判手続の申立の方法を採らざるを得ないことになるが、しかしながら右二重の手続負担は共同相続人において受忍すべきはやむを得ないことである。

七 ところで、原告の右主張が採用されなかつたとして、本件物件につき、原告と被告間において黙示の共有の方法による分割協議によつて共有持分の登記が経由されているから、当事者間の合意によつて新たな設定された通常の共有として民法249条ないし262条の適用がある。

八 被告代理人は、第3回口頭弁論における原告本人尋問において「本件物件の登記申請に際し、遺産分割協議書を添付したか」との尋問があり、原告は、右尋問に対し「添付してない」と答えた原告は、準備書面(二)〈省略〉で述べているとおり、本件物件につき被告と黙示の分割協議によつて共有登記申請手続をしたと主張しているのである。即ち、黙示であるから遺産分割協議書は初めから存在しないのである。なるほど本件物件の外観上の登記原因は昭和52年6月12日相続となつており、共有者の持分が6分の1となつていれば、右登記はいちおう均分相続と指定されるであろうがおよそ不動産登記法上の登記内容には公信力がないから、その登記の実体関係は必らずしも明らかでない。

九 本件物件の登記申請手続については右のとおり、遺産分割協議書は作成されていない。しかし、分割協議内容が共有の方法による衡平な6分の1ということであり、また、その共有者が法定相続人6名であつてみれば登記申請手続に関して、遺産分割協議書を添付しなくとも書面審査を建前とする法務局は、本件物件の登記申請の時点において遺産分割協議によらない均分相続とみなして当該登記申請を受理したことはやむを得ないことである。もつとも、相続登記申請手続においてその共同相続人の持分の割合が法定相続分と異なる場合は、当然のことながら遺産分割協議書を登記申請書に添付しなければ法務局はこれを受理しないのである。なお、通常、登記実務において、遺産分割に基づく所有権移転登記申請手続の場合、右登記原因は単に「年月日相続」で足り、また、当該登記申請手続について、各相続人の単有所有のものでなく共有の登記申請手続であれば、その登記申請手続は必らずしも共有者全員が登記申請人にならなくとも、各共有者から単独で共有者全員のために保存行為(民法252条但書)として登記申請手続ができるのである。

一〇 本件物件が、昭和53年12月25日相続を原因として共有持分の移転登記を経由していること、また、甲第2号証の2及び3のとおり、原告は被告に対し、被告合意の上で本件物件に対し共有持分の登記を経由していることを前提として、同証記載趣旨の共有物分割の協議を申入れていること、なお、右登記を経由して爾後、原告が被告に対し本件訴を提起した昭和57年2月8日までの間、すでに3年余り経過している事実がある。右のような経緯と事実関係からみて、被告は、本件物件の共有登記に対し少なくとも暗黙のうちに通常の共有にするという意思の合致があつたものとみられる。

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